福岡伸一+阿川佐和子


■■<<センス・オブ・ワンダーを探して―生命のささやきに耳を澄ます>>
    (福岡伸一・阿川佐和子/だいわ文庫/P30〜)

子どもがセンス・オブ・ワンダーに出合うとき

阿川 
私はハカセと違って本を読むのが苦手で、あまりたくさんの本を読んだ思い出はないんです。『せいめいのれきし』の翻訳もやっていらっしゃる児童文学者の石井桃子さんがお作りになった「かつら文庫」という私設図書館に子どもの頃通ってはいたんですけれど。…

福岡 そうなんですか。

阿川 …児童文学者の松岡享子さんが講演なさったときに、「子どもの感受性は大人になってからでは取り返しがつかない」とおっしゃったのを聞いて、「今から読んでも無駄なんだ」って悲しくなって。…ただ別のトーークショーで松岡さんとご一緒したときに…「大丈夫よ、佐和子ちゃんはたくさんの本のオーラを浴びて育ったから、それがちゃんと残ってる」というような言葉で励ましてくださったんです。

福岡 間違いなく残っていると思いますよ。だから、小説が書けるんですよ。それに、石井さんの言葉を手帳に書き留めていて、私におしえてくれたことがあるでしょう?いい言葉を書き留めるって物語のオーラを浴びている人にしかできない。言葉を書く人が持っている良い習慣ですよ。

阿川 そんなこと滅多にやらなんですよ。…

福岡 …あの言葉、もう一度、ちゃんと教えてください。

阿川 私、もう暗記してるぞ。
「子どもたちよ。子ども時代をしっかりとたのしんでください。おとなになってから、老人になってから、あなたを支えるのはこども時代の『あなた』です」 

福岡 これを聞いたとき、私が最初に思い出したのはレイチェル・カーソンの言葉なんですよ。彼女は『センス・オブ・ワンダー』という本で、子どものときに浴びたオーラのことを書いているんです。

阿川 私もハカセに教えていただいて読みました。

阿川 …「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になるまえに澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直観力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない『センス・オブ・ワンダー=神秘や不思議さに目を見はる感性』を授けてほしいとたのむでしょう。この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、変わらぬ解毒剤になるのです。」

P162〜

文明の先に幸せはない


阿川 私、タクシーに乗った時、運転手さんが「人間をダメにしたのは三つのクラです。冷蔵庫と金庫と倉庫」と言ったのがすごく印象的で。「冷蔵庫ができてモノが保存できるようになった。倉庫ができて大量のモノをとっておくことができるようになった。金庫ができてお金をストックできるようになった。この三つが人間をどんどん欲張りにしてダメにしたって。冷蔵庫がなければ腐っちゃうから今日食べるものしか手に入れない。魚を根こそぎ獲っちゃったら自分たちが来年困るから今必要な分だけにしておこう、という考えを捨てちゃった。モノには限りがあるということを忘れてしまったんですよね。

福岡 どこからでも運ばれてくるから無限にあると思っている。

阿川 保存と流通が発達したお陰で、すべてがグローバルグローバルで地球の端にあるものまで手に入れられるようになって、欲望と夢を達成させた。それが幸せというものだって勘違いしちゃった。

福岡 だから、等身大とか風土がわからなくなっちゃったんですよね。土地とか場所に付随して人間の文化があるという距離感とか時間感覚がなくなってしまって、無限の便利さに慣れすぎていたんだと、今回の大震災でわかってしまった。

阿川 大震災で生き残ったのはことごとく原始的なものでしたもんね。まず帰宅難民になった人たちは歩く。次に流行ったのが自転車。電気やガスが止まってもプロパンは生きていた。明かりは懐中電灯かロウソク、単純なつくりのものほど生き残った。壊れたときに自宅を直せるかどうかって大事なんですね。

福岡 等身大のものがいかに大事かですよね。今はいろんなことがライフサイズから遠ざかりすぎている。

阿川 知識階級の人たちは、よく、「ここまで便利になると、今さら戻ることはできない」って言うけれど、私は戻す気がないだけじゃないかと思うんです。節電に関しては意識が高くなってみんながやったから、かなりの効果があったでしょう。そんなふうに企業や個人がちょっと意識するだけでずいぶん違うと思うんです。今まで企業は、消費者が便利になった、ラクになったと喜ぶことが何より大事だと考えすぎていたところがありませんか。

福岡 だから、思考の節電みたいに、ボリュームを戻すみたいなことが必要なんじゃないかな。ある程度のところまで戻って、文明と文化のあり方を考え直さないと、これから先はビジョンが見えてこないんじゃないかという気がしますね。昔の生活に戻れということじゃなくて、ベクトルを変えろということだと思うんです。文明をグローバル化するほうにガーッといったけど、その先に行っても幸せはありませんよと。