日本料理
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日本料理(にほんりょうり)とは、日本の風土や社会の中で育まれた料理[2][3][4]。洋食に対し、「和食(わしょく)」とも呼ばれる[5]。
定義
日本料理の定食の例。日本料理の配膳では、左に飯、右に汁物、間に漬物を置き、奥におかずを置く[6]。
文献によっては、下記のような定義付けがなされる場合がある。
広義には、日本発祥で、日々の食卓で見られる食事も含まれる。
狭義には、形式を踏まえたもの、たとえば精進料理や懐石料理、おせち料理、あるいは彼岸の牡丹もち、花見・月見のお団子、冬至のかぼちゃなど、伝統的な行事に由来する料理である[7][8]。
日本の農林水産省は、和食文化について「日本の気候風土に根差した伝統を土台とし、その上で時代や環境に応じ変化する消費者の嗜好や技術などを踏まえ、絶えず進化し続けている生きた文化」と説明しており、こうした生活文化であるとの観点から、明確な定義はなく、個々の人々によって解釈されているのが実情としている[9][10]。
特徴
日本では野菜・果物・魚介類・海藻などの食材が量、種類とも非常に豊富であり[11]、これは日本が置かれている幾つかの地理条件が関係している。
周囲をプランクトンが豊富な海洋に囲まれている。特に三陸沖・オホーツク海沿岸を中心とする北西太平洋海域は、寒流の親潮と暖流の黒潮が合流する世界有数の大規模な漁場である。
島嶼やリアス海岸が多いため海岸線が複雑で長い(世界第6位)。また海岸は砂浜が少なく岩場が多い。結果、魚類が産卵しやすい環境となっている。
国土の大半が温帯湿潤気候に属する。四季による気温差、昼夜の寒暖差が大きく、年間を通して降水量が多いため植物が育ちやすい。
国土が細長く、さらにその7割が山岳地帯であるため河川は水源から河口までの距離が短く、また急勾配を流れるため水流が速い。結果として水循環が生まれやすい。
山地の大部分が広葉樹林に覆われていることで、水・土壌の養分が豊富である。
国土が南北に広く、亜寒帯から亜熱帯までを含む。
ほとんどの料理は、ご飯に対するおかずという位置づけであり、米と酒に調和している[3]。
歴史的に肉食が禁止され、長きにわたり乳製品などの家畜製品は普及しなかった[12](乳製品には蘇と醍醐が例外的にあるだけで欠如した)。食用油の使用も中世までは発展せず、例外的に唐菓子があり、南蛮料理に由来する天ぷらによって、油の使用が急速に普及していった[3]。このため、肉や油脂に代わる味つけとしてだしが発達している[12]。
こうした背景が淡白な味つけを生んでいる[3]。強い香辛料はあまり使われず、旬の味、素材の持ち味が生かされている[3]。主要な調味料である味噌や醤油は大豆を発酵させた調味料で、これもうま味を伴う。甘みづけには水飴・みりんが使われ、現在[いつ?]は砂糖が多用されている。
現在の日本では流通が発達したため世界中の食品や調味料が入手でき、日本料理への応用も行われている[13]。
調味料・薬味
鰹節と昆布
ダシは、鰹節・昆布・椎茸が三大である[26]。煮干しも使われる。
日本国外では味は、五味として甘辛酸苦鹹と説明してきたが、日本人は鰹節のうま味を加えて六味としてきた[26]。日本料理以外の鶏ガラなどのように油脂が浮くことがない[26]。こうしたダシは、日本料理の方向を決定する要因となり、粋、優雅、上品さ、質素で格調高い、淡白で奥深い味が精進、懐石、侘び寂び料理を生み出してきた[26]。鰹節の原型は、平安時代『延喜式』に素干しの保存食の堅魚(かたうお)があるが、今のように燻したのは江戸時代の1674年である[26]。
調味料については、塩(食塩)は20世紀末に自由化されると非常に多様な種類が流通するようになった。日本列島は親潮・黒潮が流れる5つの海域に囲まれている[27]。6世紀ごろになると海藻を焼いてその灰を使った灰塩ではなく、海藻を煮詰める藻塩が生まれ、『万葉集』に詠まれた。奈良時代になると塩田や釜が製塩に使われるようになり、揚浜式(8世紀)、入浜式(中世)の塩田が各地に海浜に造られた。1952年からイオン交換膜式を用いた塩専売法による食塩事業を国が始めたことで塩田は消滅した。昔ながらの塩田を求めて起こった1971年からの自然塩運動により、1997年に新たに塩事業法が施行され、製塩は自由となった[27]。イオン交換膜式では塩化ナトリウム99%以上となり塩辛さだけが際立つが、それ以外の製法ではマグネシウムの苦味、カリウムの酸味、カルシウムの甘味が複雑な味を醸し出す[27]。料理の基本は、塩梅、ダシ、火加減とされ、多様な調味料がない昔には、塩と梅干しのサジ加減が重要であった[27]。日本では基本的に岩塩は取れないとされる。
酢は、酸味とともに抗菌作用があり重宝されてきた[28]。古くは『万葉集』に醤酢(ひしおす)の記述がみられ、奈良時代にはナスの酢漬けがあり、中世には酢飯が開発された[28]。歴史的には米酢が使われてきた。
醤油は、伝来したものを日本人が独自に作りあげた。大豆と小麦と塩を発酵させたもので、中国の醤(じゃん)など大陸のものとは微生物、製法が大きく異なる。アジアが起源と言われるが確認はされておらず、その元となった比之保(ひしお)は弥生時代から大和時代に日本に伝来したとされ、平安時代には広く浸透し魚を使ったものがもっとも普及し、魚醤のようなものとして伝来したと考えられる[29]。
味噌は、701年の『大宝令』には未醤(みしょう)が記載され、日本で造られた「噌」の字を後に当てたとされ、生産地の名をつけ各地の気候や風土、農産物、土地の者の嗜好を反映している[29]。
飴は、もち米などのデンプンを糖化したもので、『日本書紀』『延喜式』にも記載がある甘味料である[30]。砂糖は奈良時代にも薬として伝来し、室町時代には菓子にも使われたが、輸入量が大きく増加するのは江戸時代である[31]。18世紀前後になると輸入された砂糖が菓子に広く使われるようになり[30]、次第に調味料となっていった。砂糖・塩・酢・醤油・味噌で「さしすせそ」とする近代の語呂合わせがある。
薬味には、ワサビ・生姜・唐辛子・山椒・ネギ・シソなどがある。
旬・季節感・自然の表現
季節感が重視される。旬の食品は美味しく、また市場に豊富に出回り値段も安く栄養価も高くなるため、味を楽しむ好機と考えられている。七草がゆのように、野草特有の自然なあく強さや苦味も味わう。また初鰹のような季節を先取りする「走り」、落ち鮎のような翌年まで食べられなくなる直前の「名残」など、同じ食品でも走り、旬、名残と3度の季節感が楽しまれる。
割主烹従
調理場を「板場」、料理人や料理長を「板前」[2]とまな板と関連づけて呼び、切ること自体を煮炊きから独立した調理のひとつとしている。「切る」ことを重視する姿勢は「割主烹従(かっしゅほうじゅう)」と呼ばれ、包丁を使って「割く(切る)」ことが主で、「烹る(火を使う)」ことが従とされ[34]、食品そのものの味を重視することにつながる。また「割主烹従」から「割烹」という言葉も生まれ、日本料理そのものやそれを提供する店を表す[2]。
献立とメニュー
日本料理の献立やメニューは、米を中心とした穀物に生理的熱量や栄養を依存するものであった。穀物は飯などに料理されて食事の主たる主食として扱われる。主食に対する副食の惣菜は、飯を食べるための食欲刺激として用いられ、御飯の友などという概念もある。また飯の代わりに米による日本酒伴う宴会などでは、惣菜がそのまま肴(さかな)としても用いられる。飯と汁物に惣菜からなる、一汁一菜や一汁三菜など複数の料理から成ることが多い。[3][12]伝統的に左を上位とする風習があるため、主たる飯を左側に置いたり、魚の頭を左向きに置いたりして配膳することが多い。日常の食事などでは、これらの料理は一度にまとめて配膳されることが多いが、懐石料理などでは、一品(あるいは一膳)ずつ順番に配膳される。
無形文化遺産への登録
2013年にユネスコの無形文化遺産に登録された和食は[66]、「多様で新鮮な食品とその持ち味の尊重」「栄養バランスに優れた健康的な食生活」「自然の美しさや季節の移ろいの表現」「正月などの年中行事との密接な関わり」である[67]。日本は「和食」を「いただきます」や「もったいない」といった食事という空間に付随することがらも含めた「自然の尊重という日本人の精神を体現した食に関する社会的慣習」として提案[68][69][70]、年末年始における餅つきや御節料理、食育教育を中心にプレゼンテーションを行った[71]。
日本国外の評価や国際的普及
かつては生魚やゴボウの根など世界的には少数派の食材を使用するため、直江津捕虜収容所事件のような誤解も発生していた。現代では日本食の普及にともない解消されつつある。
2007年に発刊された高級レストランガイド『ミシュラン』の東京版では、150軒の掲載店舗のうち、約6割が日本料理店であり、日本料理店も含めて、掲載されたすべての店舗に1つ以上の星がついた[注 2]。また、150軒の掲載店舗に合計190以上の星がつき、それ自体も過去最高であった。2011年に日本はフランスを抜いて、ミシュランの3つ星レストランが最も多い国になった[77]。
2017年に来日した、当時FAO事務局長だったジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバは、日本は先進国の中でも肥満率は4%と低く、日本の伝統的な食事である和食は、健康の改善と長寿に貢献しているとし。「Japan is aglobal model for healthy diets(日本は健康的な食事と栄養の世界的なモデルである[注 3])」と述べている[78][79]。