小泉武夫
■■<<人間はこんなものを食べてきた>> (小泉武夫/日経ビジネス文庫)
日本食文化の特徴 P184〜
●初ガツオがおいしいのには理由がある
日本の食文化は独自のものをもっている。よく、日本はさまざまな文化が外から移入してきたといわれるけれど、食文化に限ってはそうではない。最近、三内丸山遺跡をはじめとして、あちこちの縄文時代の遺跡から食に関するおびただしいほどの新発見があって、日本の食の文化がすでにそのころから形成され始めていたことがわかってきたのである。
さて、日本独自の食文化がこれまでどのようにしてつくられてきたのかというと、まず考えられるのが地理的条件である。…
…地理的条件のなかで海に囲まれていることに加えて、大切なのが気候である。春夏秋冬が規則正しく繰り返される。…さらに地理的条件のなかで忘れてならないのが、海流である。太平洋岸に暖流の黒潮と寒流の親潮、日本海側には対馬暖流が流れている。
カツオを例にとってみよう。一月ごろカツオの群れは鹿児島の枕崎沖にいる。ここではまだ脂がのっていないので、食べてもそうおいしくはない。その脂の少ないカツオは鰹節にする。…二月三月には土佐沖にまで北上するが、このときも脂がのっていないので鰹節にする。焼津沖に現れるのが四月…ここで取れたカツオも鰹節にされる…。そして遠州灘から駿河湾に抜けるところはぐっと海が深くなる。…プランクトンがよく発生しやすい。…ここでいっぱいプランクトンを食べた小魚を食べて、相模湾から房総半島を通って銚子へ上る。そして五、六月ごろが脂がちょうどよくのったおいしい季節となる。いわゆる「目には青葉山ほととぎす初鰹」である。
●水がつくった日本の食
日本の食文化の特徴として、次に挙げられるのが水である。…日本では一回の台風で五〇〇ミリと七〇〇ミリということがあるくらいだから、一度にヨーロッパの一年分の雨が降ることもある。また、冬には雪も降る。…こうしてきれいな水が豊富なことから、日本には水の食文化が非常に発達している。…日本人は主食のコメを水とともに食べているといった表現がぴったりなほどである。水が豊富で、すばらしく良質であるから、そのようなことができるのだ。ご飯を炊くときだけではない。味噌汁にも煮物にも良い水は欠かせない。それに日本酒。…日本には「水心」「水臭い」「水入らず」「水を打つ」「水を差す」「水も漏らさぬ」「水を向ける」「水明かり」など、水に関係した言葉は非常に多くある…。これも、水がもたらした日本文化の独自性を語るものであり、日本文化が水と切っても切れない関係にあることにほかならないからである。
●中国人よりもなんでも食べる日本人
「…四つ足は机以外みんなたべてしまう」と。つまり、ありとあらゆるものを食べるのは中国人と思いがちだ。…ところが食材の種類を実際に挙げてみると、日本のほうがはるかに多いのである。たとえば、日本人が食卓に海から持ち込む魚介類は何百種類と多いが、中国ではタチウオ、イカ、マナガツオといったものが代表で、あとはそれほどでもない。…地理的好条件に恵まれていることが大きいのである。
●粒食文化
四番目の特徴は、「粒食文化」であること。…言い換えれば、炊いたり煮たりする文化であって、底の深い鍋や釜を使う料理法で、ふたをすることによって水を逃がさないのが特徴だ。…粉食民族の中国では、粒の米さえ粉にまでしてビーフンをつくる。…
●五感の食文化とは
日本食文化の特徴の五番目は、五感に強く訴える食文化であるということだ。…まず目では形と色が重要な感覚になる。…日本では、これに加えて空間を大切にする。…床の間の発想はこの空間美の極致である。鼻はにおいと関係するが、このにおいをものすごく大切にするのも日本の食文化である。次に口は、味につながる。ふつう味というと、五味、つまり甘、辛、苦(渋)、酸、塩が思い浮かぶが、日本ではこれにプラスして、もう二つの味がある。一つがうまみである。さらにもう一つ、切れ味というのがある。そして、口で感じるものとして、味のほかに大切なものが触覚(テクスチャ―)である。次は耳だが、…中耳炎などで耳の中がボーッとしているときは、…これまたおいしいとは感じられない。…音がうまさの重要なポイントになる場合がある。次は手だが、これもおいしさを感じとることのできる器官である。…おにぎりを例にとってみても、手にもってそのまま食べるのと、皿の上に置いて箸で食べるのとでは比較にならないほど、手で食べたほうがおいしいのである。
●発酵が日本の食文化をつくった
六番目の特徴は発酵の食文化である。つまり、微生物を応用した食文化が、この日本では非常に発達してきたといえよう。…納豆は納豆菌、漬物は乳酸菌、米酢は酢酸菌、くさやは酪酸菌、熟鮓は乳酸菌、味噌や醤油は酵母と乳酸菌と麹菌、焼酎と酒は酵母と麹菌というように、だいたい日本の食の世界は発酵文化を色濃くもっているのである。…魚の発酵食品に関しては日本が世界一である。(…鰹節も発酵食品…)…