佐伯啓思


■■<<西田幾多郎―無私の思想と日本人>>(佐伯啓思/新潮新書 P106〜)

「無」から「無」へ帰ってゆく

ここに白い紙があり、上に三角定規が置いてあると考えてください。私はそれを上から見ています。そこで三角定規を動かしてそれを別の紙に移動します。すると、最初の紙には何もなくなり、後の紙に三角定規が置かれています。しかし三角定規は三角定規であって、どこへ行こうと同一物です。私も視線を移動すると、定規という実在が常にあります。物体が移動しただけのことです。

 しかし、たとえば、最初の紙の上で私と三角定規が出会っており、私も三角定規も、この紙のうえにのっているとしましょう。そこでもし定規が動けば、定規は私の前から消えてしまいます。私はその三角形を失ったことを嘆くかもしれません。またもし私が後の紙にいたら、そこに定規が出現し、その時に、私は三角形と感動的な出会いを経験することになるでしょう。

 この白い紙が言うまでもなく「場」なのです。私も三角形も「場」がなければありえない。「場」によって初めて経験もあるのです。

…こうして、結局、最終的にすべてを包摂する「絶対無の場所」というものを考えれば、すべての存在は「無」から現れ、また「無」に帰してゆくのです。存在を存在たらしめているのは、何か絶対者のような究極存在ではありません。しいていえば「無の場所」なのです。いっさいは、ただ「無」からでてまた「無」へ帰ってゆくだけなのです。

…西洋思想において、存在の究極の根拠を「神」としておきましょう。「理性」でもよいのですが、わかりやすく「神」にしておきましょう。すると、「神」という究極存在が次々と存在を生みだしました。世界の創造です。こうして、存在するすべてが、それ独自の個物として意味をもってくる。世界は存在で充満すると同時に、それぞれの存在が区別されます。動物は哺乳類や両生類や魚類などに区別され、哺乳類はクジラやライオンやゾウなどに区別されます。世界とは、区別され弁別され、名づけられたものの集合体なのです。

 そうすると、ここからひとつの態度がでてきます。この世界のすべての存在物を収集し、それを手に入れる、という態度です。いや欲望といったほうがよいでしょう。こうして、博物学が誕生し、分類学ができあがり、世界をすべて見聞するという冒険家が出現し、さらには、世界の果てまでも我がものとしたいという欲望が生まれてくる。知的好奇心は欲望の無限の膨張をもたらし、さらには所有欲の自動運転を生みだしてゆきます。その極みが帝国主義や植民地主義となったわけです。「有の思想」はそこまでいった。「有の思想」は「無限拡張の論理」になったのです。

 しかし、「無の思想」からはそうしたものはでてきません。無限に膨張する欲望などでてきようがありません。これはどちらがよいかということではありません。ただ日本の思想は、あらゆる日常のささいな出来事のなかにも一期一会の邂逅(かいこう)を、そしてそれを通して「無」を見る、という方向を向いたのでした。

 本当の一期一会のなかに私とモノが溶け合って存在の根源に触れたと思われるような出会いを求めたのです。芭蕉はそれを求めて陸奥をさまよったのでした。利休の茶はそのような「場」だったわけです。

 大事なことは、俳句や茶というモノではありません。その一句や一服に「無」を思わせるすべてが込められている、と感じられるということなのです。芭蕉が漂わせる無常や利休のわびさびとは、日本における存在のあり方が「無の場所に於いてある」というあり方に他ならないということを暗示しているのです。

 そうしたことを初期の西田は純粋経験といいました。桜に感動した時、そこにわれわれは、生のはかなさ、美しさ、時間の無残さなどすべて見るのです。だから、春の日の一瞬の至福の時だけで十分だと思うのです。すべてがその一瞬につまっていると思うのです。それを、ありとあらゆる桜を見て歩き、分類し、講釈をたれ、さらには、あらゆる桜を手に入れたいと思い、やがては、桜の品種改良に精を出して一年中咲く桜を作り出そうとする。こんなこととはまったく無縁なのが「無の思想」だったはずでしょう。

…グローバル化やIT化のなかで、すべてが拡張と成長と分類と収集へ向かう「近代」の論理に巻き込まれた我々自身が、まさにこの種の「無の思想」を忘れ去ってしまいつつあるのは何ともなさけないことなのではないでしょうか。