日本料理史
■■<<日本料理史>> (原田 信男/講談社学術文庫 より)
P3〜 はじめに―和食という料理
2013年12月、和食がユネスコ無形文化遺産として登録された。そして現在、和食が世界的なブームとなっている。肉や脂を多用する西洋料理に較べて、米と魚類や野菜を中心とした和食はヘルシーで、美容や健康に良く、理想的な食生活のスタイルとして、世界的に注目を集めている。
…おそらく海外の日本食レストランには、例外なくトンカツ定食があるであろう。…天ぷらならまだしも、トンカツが和食なら、カレーやラーメンも和食か、という疑問もおきてくる。
P259〜 終章 料理からみた日本文化
三 食と文化の国際性
…今日、和食という概念で括られるパターンは、米の飯に味噌汁と漬物があれば、どのような主菜でも良いことになる。ただ米の飯との伝統的な相性の問題から、味噌、醤油系の調味料を用いた料理法が重視される。つまりビーフステーキ・ハンバーグステーキなどでも、大根おろしなどを用いて醤油味とすれば、その頭に“和風”の二文字を付すことが許される。しかし、共にデミグラスソースのままでも、米の飯に味噌汁と漬物を添えれば、和食としても通用するだろう。
米をはじめさまざまな栽培植物は、そのほとんどが海外からもたらされたものである。牛馬にしても、たかだか古墳時代に日本に移入されたに過ぎない。それらを自らの風土に根付かせ、自らの歴史伝統に馴染ませて、さまざまな変容を加えつつ、先人たちは独自の生活文化を築いてきた。
日々の食行動は、人間の生存に不可欠であるため、食の生産・加工・調理・飲食というサイクルが、際限なく繰り返されてきた。そうした努力の結果として、今日、和食という体系つまり日本料理が成立をみた。その意味で、和食さらには日本料理という世界的にも質の高い食事の文化体系を、われわれは持つに至ったのであり、それこそが日本の歴史的所産だったのである。
…歴史的に振り返ってみても、食や文化といった事柄は、幅広い国際的な交流のなかで、さまざまな融合・変容を繰り返しつつ、それぞれの国々ごとに独自な展開を遂げてきた。それが固有の食や文化を創り上げるのであり、そうしたものとして和食という料理文化が、時代の変遷を受けつつも、海外との文化交流の結果、一定のスタイルとして結実した。その際に、日本という島国は、閉ざされているように見えるが、実は海を通じた開かれた空間として、さまざまな文物や料理文化を受け入れてきたのである。
…こうしてみると、食や文化といったものが、さまざまな地域間での交流の結果、それぞれの国々で、取捨選択が行われ、そこで独自の発展を遂げてきたことがわかる。逆にいえば、食や文化といったものが、一国の内部で完結することなどあり得ない。
それらを取捨選択していく過程でベースとなるものが問題だろう。その核となるのが、その国の歴史であり、文化伝統だと考えられる。その意味では、日本の場合、弥生以降、とくに律令国家期に形成された米文化の基調が、いわゆる日本的な食事体系の核を形成した。
しかも肉を排除したことから、魚が米と強く結びつき、魚醤と系譜を同じくする穀醤が味のベースとなった。さらに中世に昆布とカツオ出汁、つまりグルタミン酸とイノシン酸の味覚が主体となったが、それは米に服従するものであった。やはり基本的に和食とは、米を中心とし、出汁と穀醤を利用する食文化の体系と規定することができる。